熊本教育ネットワークユニオン

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秋の歌(1)

秋の歌(1)

  立ち枯れの木の根に座って昼食を取った。緑から黄、赤、深紅と色彩のアルペジオが私を取り巻いていた。豊富な樹々たちが演出する森の舞台は、よそ者にとって贅沢この上ない眺めである。森に住めない人間は、たまたま訪れては秀麗だの荘厳だのと、ありきたりの言葉で飾ろうとする。が、よく見るとどうも彼らの意志はそんなところにはないようだった。お互いで空間を分け合い、それぞれに与えられた今の時間を精一杯に生きている。決して華美を競い合っているわけではない、そういう姿に見えた。それならば自分も彼らに倣って息をひそめ、せめて己に与えられた幸福をかみしめようではないか。彼らとともに、この豊かな時間と空間に陶酔しようではないか。

  突然鹿が鳴いた。まったく何の前触れもなく、透き通った鋭い声で。よそ者は思わず動揺する。雌鹿を求める恋の叫びか、それとも離れてしまったわが子に知らせる、警告の呼び声か。もう一度鳴く。前よりももっと鋭く。しかし返事はない。静寂。ややあって、彼はゆっくりと動き始めた。枯れ木を踏む乾いた音が、緊張した空気を伝ってよそ者の耳元へ届いてきた。姿は見えない。が、その音はだんだん近づいてくるようだ。今や、鹿と私との距離はほんの七、八メートルかと思われた。向こうは不審者が潜んでいることに気づいていない。教えてやらねばなるまい。思いきって「おい、鹿君。」と声をかけてみた。無遠慮なほどの大声であった。不覚にも動悸が高まる。だが反応はない。しばらくの沈黙があった。さっきのよそ者と同じく、不意を打たれて胸を高鳴らせているのだろうか。それとも……。

  その後何かをふり切ったように、三たびピーと鳴いた。そしてゆっくりと紅葉の谷を降っていった。森は元の静寂に戻った。空にはいつの間にか白い雲。しかし雨の心配はなさそうだった。(S)

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