熊本教育ネットワークユニオン

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1960年代前半の「師弟関係」を考える ―葉書からみる「師弟関係」―

 

この文は水曜日にアップロードした「学級-助け、助けられ、はげまし、はげまされる固い協力の場-」とともに、父の50周忌にまとめた小稿『まあるいめがね』の中からの抜粋です。

 

1960年代前半の「師弟関係」を考える

   ―葉書からみる「師弟関係」―

 

1 はじめに

 父の死亡から49年(9年前のこと)がたった。所謂50回忌を5月29日に迎える。そのため、父のことを調べようと、母がしまいこんでいた様々なものに目を通した。その中に、葉書の山があった。ほとんどが1962年から1964年の3~4年間に投函されたものであった。現在の通信手段は携帯電話、メールが主要であるが、この時代、葉書こそが有力な通信手段であった。普通の家庭には未だ電話も普及していなかった。当時の電話加入数は日本全国で5百万程度であった。

http://www.kogures.com/hitoshi/history/tushin-denwa/suii-1950-1978-1.gif

 様々な葉書の中なら、師弟の関係がある葉書を抜き出し、読み、考察を加えた。これは父・( なまえ )の個人的な「(魅)力」がこのような葉書を存在せしめたとも考えられるが、私自身が学校現場に数年前まで身をおいていた感覚からすると、この時代の教師と生徒の人間関係の典型と考えることもできると仮定した。

 

2 葉書に見られる特徴

  • 年賀状や暑中見舞い状をよく出していた。

 私自身、高等学校で学級担任を積極的に希望してきたが、このようにたくさんの年賀状や暑中見舞い状をもらったことはない。手紙や葉書は子どもだけでなく大人も出さなくなってはいるが、中高生のペン離れは大きい。

  • 人生の変化を伝えたいという思い

 転校した生徒が、「今では○中になれしっかりやってます。」

 大学に進学し「今年は教生にいかねばなりません」

 就職し「BG生活2年目です。」「○○新聞社社員として勤務につきます。」「サラリーマン1年生として一年間頑張りましたが、どうも気性にあわず、来年からは○○○警察官として新しく出発いたします。」「警察官一年生として日夜頑張っています。」「元気につとめにはげんでいます」「元気で働いております。在学中先生がいろいろご親切にお訓しくださいました数々の教えが今になってひしひしと身にしみ心のうちでありがたく感謝申し上げます。」「○○高で英語を教えています。」「休みはありませんが元気に働いております」

(3)父の体を気遣うやさしさ

 葉書の末文が「先生もお体に気をつけてください。」が非常に多かった。父は、「体が弱い先生」であったので、皆が心配してくれたようだ。

(4)進学や就職した生徒への思い。生徒からの思い。

 現在は高校全入に近い進学率であるが、当時は中学を出てすぐ就職した生徒も少なくなかった。1960年代のある年度のあるクラスでは、地元高校進学26名(50%)を含み高校進学及びその他進学、進学準備は合計40名(高校69%、計77%)であったが、就職した生徒は12名(23%)である。(一クラスは52名)

 進学した生徒にとっても就職した生徒にとっても中学の先生は心のよりどころであったようで、ある。これは進学前の年賀葉書の文面であるが、「昨年先生のおっしゃった”勉強したいから、高校にいくんだ”という言葉に感激いたしました。平凡な言葉ですが私には何か考えさせられることがありました。」

 進学した生徒は「いま○○高校入学式を終えて帰ってきたところです。この感動を早く先生にお伝えしたくてペンを取りました。新しい先生の訓辞を聞きながら私は小林先生がいつもおっしゃたことを思い出したりしました。先生の言葉通り私は純粋な高校生になるつもりです。3年間暖かく親しくかげましていただいたことを改めて感謝いたします。」「先生先日無事入学式をおえました。・・クラスも17クラスまであり、私は15組です。…・」「23日には○○高校に行きました。英語の組み分けテストって難しいんですね。あまりよくできませんでした。しかし、全部書いておきました。本当に中学時代は先生にいろいろとご心配おかけしまして大変今は有難く思っています。きっといつまでも思い出として残るでしょう。先生は今度もまだ○中だとおもいますが…。今後も私たち三の二を指導されたように生徒をキチキチと絞られますように。今の生徒は厳しくしないとだめですよ!ウフイフッ私は学生らしいですね。高校時代は中学時代と代わってずっと苦しそうですが、それを覚悟してしっかり頑張りたいと思います。」「中学校のときの数学と違って高校の数学はもう一段上で一つの式でも黒板一ぱいになりそうです。私は一組になり○○先生という方…」「私たちは今年の夏も宿題がたくさんあります。」「毎日焼けるような暑さが続きますが先生その後お変わりなくお過ごしでしょうか?高校生としての第一の夏休み、農作業の手伝いなどと自分では有意義に過ごしているつもりです。中学を卒業してから一度も便りせず申し訳ございません。お身体を呉々もお大切にお過ごしくださいませ。」「高校に入っての1年目の夏休み去年よリ少しはのんびりとしてますが、課外が15日間もあり、宿題は多く出ますのでそんなにのんびりともできません。課外テスト課題テストも目の前に控えています。三年のときいやいや受けた課外も今では楽しい思い出として残っています。去年のような課外を何故イヤイヤながら受けたのか今では不思議なくらいです。あんな課外なら毎日あってもいいくらいです。いまからはもうおそいですが、…・」「私は今高校生になったことを大変良かったと思っています。数学の面白さもわかってきました。方程式は何でも好きです。グラフも好きになりました。らくだいは致しませんからご心配なく。」と高校進学の喜び、期待と決意、楽しさと忙しさを葉書で伝えている。

 一方、県外へ就職した生徒たちは、「無事に大阪に着きました。病院の先生は大変やさしく…お見送り大変ありがとうございました。先生がわが子のように心配してくださってほんとにありがたく思っております。」「僕はあと何日何日とおもいながらまっていた日がやってきてしまい二九日の一時にはもう会社についてたのしい一日がむかえられる事ができました。ありがとうございました。先生たちもいままでごくろうさまでした。また明日だれ、また明日だれとごくろうさまでした。また、僕は一番良い所にきたなと思います。それはどんなにお金がやすくてもあとでためになるそしていい仕事と思ったから一番よいと思った。気車でつかれていますからこのへんで休みたいと思います。お体に気をつけて暮らしください。」「厳しい日がまっています」「言葉が全然わかりませんから困っています。城山の桜も満開でしょう」「看護学校に入学でき毎日元気で通っております。」「卒業の記念写真等を時々思い出しています」「私も夏休みがありますが毎日ゝ患者さんが多いので夜などは大変つかれます。先生もお体に気をつけてください。」とこれまた期待と不安、決意をしたためている。

 中には、頻繁に葉書をくれる生徒もいたようで、返事が来ないと「先生に何かあったのだろうか」と心配をしてくれる。そして「返事待ってます」とある。

 教師も雇用主への近況照会をおこたらなかったようで、その返事の葉書も、「お便りありがとうございました。○○○○君の学院の成績も良好、健康状態も良好にて何卒ご安堵…・」などと細かく綴ってある。

 また、高校進学時で浪人を余儀なくされた生徒からの便りには、「4月先生に慰められて非常に自信がでて、意外に塾も面白く勉強に励んでいます。それからあの数学の辞典はとても為になっています。おかげで塾も六百人いますが十番五番以内にはいつも入っています。中には多くのすばらしい実力をもつものがいます。来年は勝利を得て帰って来ます。それを期待してください。」や「来年は必ず高校に合格します」と近況と決意があった。

 

3 結びにかえて

 最初に、個人的な「(魅)力」がこのような葉書を存在せしめたとも考えられるが、この時代の教師と生徒の人間関係の典型と考えると書いた。もちろん前者の持つ意味は大きくそれなしにはこのような量の葉書は存在しなかったに違いない。

 しかしなんといっても教師(先生)は信頼されていた。信頼関係の中でこのような質の葉書の交換ができていたに違いない。

 生徒たちに囲まれた写真の一つを下に上げる。皆良い顔して笑っている。

        2013年4月6日 (私のなまえ)

(Kob)

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