熊本教育ネットワークユニオン

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読書の記憶

読書の記憶

 

    昨年末、ベッドの前の本棚からセピア色に変色した「不毛地帯」(山崎豊子)を寝物語に手にしてしまった。しまった、やはり面白い。何度読んだかしれないが、主人公のシベリア抑留から始まる第一巻から物語に引き込まれる。残念ながら加齢による読書スピードの鈍化で、やっと四巻中第二巻を読み終えようとしている。

 小学生の頃を思い出す。室内での娯楽といっても白黒テレビが我が家の床の間に飾られたのが小学校4年生。最近のように刺激の強い番組はなかったし、本を読むことは娯楽そのものだった。といって、お金も手頃な書店も近所にあったわけではない。ただ小学生雑誌「子供の科学」だけは定期購読し、付録の実験道具を楽しみにしていた記憶がある。学校図書室からは、それこそ何度も背表紙を補修した跡のある、セピア色した本を借りてくるのだった。偉人伝はかたっぱしから読んだ。江戸川乱歩怪人二十面相明智小五郎の知能戦は、手に汗握ってページをめくった。時にはすぐそこに怪人二十面相が潜んでいるような気がして、夜中の便所に行くのが怖くなった。ファーブルの昆虫記は「ふんころがし」の大ファンになった。洋梨の形に固めた、羊だったか牛だったかの「うんこ」の中に生み付けられた卵が孵化し、周囲のうんこをモリモリと食う。そのうんこの旨そうだったこと。「ふんころがし」の話は、中学・高校と学年が上がっても、そのたびごとにその学年にふさわしい翻訳を読んだ記憶がある。

 高校一年のときは全く席替えがなかった。一年間、僕の前に座っていた本田和夫くん(卒業以来会っていないが)が後ろを振り返って「増永、○○は読んだや?」と聞く。「読んでない」と言うと「どうせ読んでも分からんだろうけど」と続く。高校でも学校図書館に通うきっかけを作ってくれたのは彼だった。なるほど、理解出来たかどうかは心許ないが、紹介?してくれたのは読んでおいて損をしない本ばかりだったように記憶している。翻訳物は今でも好きになれないが、たとえばヘッセの「デミアン」「車輪の下」などは、本田くんが前の席に座っていなければ読まなかったかもしれない。

 高校3年の某月某日の昼休み、尊敬する担任の先生が(ご本人はご存じないが、この先生のおかげで国語の教員になってしまった)教室まで走って来て、「今、三島由紀夫が割腹自殺しました」とのこと。三島由紀夫のなんたるかをよく知らなかった私は、翌日の新聞で事件の全貌を知り、三島の作品を読んだ。三島の作品は性に目覚め始めていた私の脳幹を刺激した。そういえば谷崎潤一郎の「痴人の愛」や「卍」を読んで悦んだのも、そのころだったろうか。小説が多かったのだが、日本史の時間に紹介された相沢忠洋の「岩宿の発見」で考古学に興味を持ったし、物理の時間に,アインシュタインの「E=mc2」を聞くと訳も分からない本を読んだ。雑誌「ニュートン」で時々アインシュタイン特集があると本屋で立ち読みし不思議に駆られるのはそのころの影響かもしれない。

 何かに触発されて本に向かう、本の中の世界に浸る、浸ると言うことは想像力を逞しく成長させているということだろう。

 今は、読書中断中だった(石牟礼道子を世に出した)渡辺京二氏の『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)が、彼の死によって机上ある。

                         (2023年1月22日)

 

日本で最初にファーブルの「昆虫記」を翻訳したのは大杉栄です。