熊本教育ネットワークユニオン

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海辺の山にて

        海辺の山にて

    いつものように岩の上に立つ。ここは海を見下ろす特等席だ。小舟が白い筋を引きながら、ゆっくりと海面を滑ってゆく。
    種々の野鳥に混じって、ときおり鳶が甘美なヴィブラートを響かせていた。全体、鳶という鳥は海の近くが好きなようだ。山に住む小動物に加え、小魚も好餌とするからだろう。今日も潮風に乗って、優雅にそして正確に円を刻んでいた。樹海の上を、二羽の鳶が仲むつまじく舞っているのが見下ろせた。と思ったら数分後、彼らは四羽となって私の上で旋回を始めるのであった。うちの一羽が十メートルの距離まで降りてきて、その精悍な横顔を見せつけた。明らかに登山者を意識しているようだった。食い物でも持っているなら横取りしてやろうと思っているのか。だが、このよそ者が何ら為にならない と知ると、彼は興味をなくしたようで再び仲間とともに廻り始める。右から左へ、左から右へ。急上昇、急降下も自在のままだ。微かな風を見事にとらえ、その大きな翼をいっぱいに広げて、廻る、廻る、廻る。まるで弦楽四重奏団よろしく、ある時は四羽が一体となり、またある時はそれぞれが独立して躍動するのだ。
    鳶たちの舞は間違いなく私の官能を揺さぶった。彼らはきっと美しい音楽を持っているに違いない。そうでなければあんなに典雅に舞える筈がない。その音楽を、私は懸命に聴き取ろうとする。しかし羨望だけが湧いてくる。
    鳶は鳶の流儀で美しく自己表現をする。風は草木に絡みついて夏の間に疎遠になりかけた仲を修復する。そして光は、極上の柔らかさで山と森を午睡に導く。人間だけが、何もできずにただ岩の上の物体となっていた。せめて感じることをしよう。それだけが、唯一自然と肩を並べることだと思うから。
    鳶たちはほんの数回の羽ばたきで山の上まで飛んでいき、消えた。その華麗な姿を見送って、飛べない人間は急坂に何度も喘ぎながら、半時間もかかってようやく山頂に立った。
    カゴノキ、トベラ、シャリンバイ。野ぶどうに、夥しい種類の羊歯と苔。

(熊本教育ネットワークユニオン S)