熊本教育ネットワークユニオン

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地震・僧侶の死・蟻の兵隊

地震・僧侶の死・蟻の兵隊

 

7月28日午後4時27分、「緊急エリアメール」が大音量で危険を伝える。同時に食器棚がガチャガチャと大きく揺れる。私は食卓の椅子から腰が浮く。驚いた小太郎(柴犬)が慌てて駆け寄る。ソファーの妻も身構える。「小太郎!大丈夫、大丈夫。地震たい、地震」と言いながら、ちょっと、これは・・・ひどく大きいと不安になる。TVが震度、震源地、マグニチュードを報じる。ああ、またかと10年前の光景が頭を過る。

 

10年前、参議院選挙に初めての「野党統一候補」を擁立し、7月の投票日に向けた準備の最中だった。選挙闘争の根拠地となっていた労働会館も京町会館も、前震後の「がんばって片付けよう」から、本震後には「これは無理だ」と諦めるまでに破壊されてしまった。すでに印刷を終えて保管していた70万枚、山積みの第1号ビラも崩落した。候補者と山口二郎氏の対談を予定していた5月3日の憲法集会は中止、5月15日、後に避難所となった益城町のグッランメッセで開催予定の「くまみん大集会」も中止。4日後には臨時の選対事務局会議を開き選挙闘争の進め方を抜本的に見直したのだった。4月20日には当時の安倍晋三首相が熊本に入り「出来ることはすべてやります」と演説し、その後も数度にわたって来熊。熊本での選挙戦は与党に有利に傾いていった。私的には、4月14日夜、入浴していた私は突然大きな揺れで驚いた。湯船の湯が波打っているのをはじめて見た。揺れが収まりシャンプーしようとしたとき、家人が「何しよっと!」と言うので「シャンプーしたら上がるけん」と返事。「なーんば言いよっとね。震度7よ、震度7」と叱られて風呂から上がったのだ。本棚は倒れ本が散乱していた。16日の本震。ベッドにはいっていた私は経験したことのない揺れに、大声を出して飛び上がった。天井の蛍光灯は落ち、本棚はベッドの上に倒れてきた。リビングのテーブルの下に顔を寄せ合った家族と初代柴犬「太郎」は余震に耐えられず外に出た。そして近所の多くの方とともに、いつ収まるとも知れぬ余震におびえたのだった。停電と断水に悩まされ続けたが、数日にわたった車中泊と余震が堪えたのか、高齢になっていた「太郎」は5月17日に、益城町の病院で終末治療を受けていた母は6月23日に亡くなってしまった。参院選を取り組んでいるまっ最中だった。

 

今回の地震では充電中の掃除機が倒れ深夜まで断水があったが、被害はなかった。そして、被災地の報道に触れて、今日も何も出来ない自分がいる。

 

■8月12日、いつものようにメールを開くと久しぶりに「藤岡崇史」さんのFacebookが更新されているらしい。開くと、それは藤岡さんが更新したのではなくコメント欄が更新されていた。そのコメントは藤岡さんが「西帰」したことを伝えていた。Facebookを遡ると、昨年、直腸癌のステージ4を告げられて闘病中であったと記されている。片っ端から閉じてある文章を開いて読み、非戦を誓い運動を続けてこられた宗教者の信念に触れた。そして癌との闘い、さらには2026熊本地震の被災者に寄り添って最後の最期まで活動されてきたことを知った。特に2025年度筑紫女学園全学礼拝(報恩講)講話「不完全な自分を愛するということー戦後80年をむかえてー」の原稿には感動。直近のコメント欄には通夜と葬儀の日取りが記されていた。

 

■8月22日、「蟻の兵隊」上映会に参加した。映画にも上映後の池谷薫監督のトークショーにも心を動かされた。早速今朝、「蟻と兵隊」中古本をAmazonで購入した。

 

Trout 2026.8.23 

我が家も交換

我が家も交換

 

 先月、勤務校の管理等などのエアコン更新工事がようやく終了した。通信制職員室の交換した新しいエアコンの性能や快適性が向上したのかは良く分からない。そうこうするうちに、我が家の和室のエアコンを交換することになった。

 冬の暖房にエアコンはほとんど使わない。主に、電気こたつである。良く暖まり、頭寒足熱で心地良い。こたつが無い所は、石油ファンヒーターも使っている。エアコンは、ほぼ夏の冷房専用である。

 

 最近、また猫の糞害が増えてきた。臭いや集まってくるギンバエなどで分かる。処理するのは私たちである。黒や白や灰色などの猫が我が家に入ってくる。朝になると、砂利に掻いたような跡が残っている。

 一頃猫の姿をあまり見かけなかったが、最近増えたようだ。近くの家で飼っているのやら、餌だけやっているのやら。猫が好きなら、今時は糞の躾や処理までしてもらいたい。周りは困っている。

 

 排水のドレンホースが配管をテープ巻きしてある根元から切れていた。劣化して脆くなってはいたようだが、50cmくらいのホースと破片が転がっていた。こんなことは初めてである。どうも猫にかじられたようだ。2回ほど親子3匹がエアコンの室外機の奥に居るのを見た。

 糞に加えて居着かれては困る。室外機をずらして猫よけのトゲトゲシートを置いた。ホームセンターでドレンホースを購入したが、接続がうまく行かず水漏れした。

 

 相当古いエアコンだが、まだ良く冷える。リモコンの液晶が劣化して、表示がボンヤリして見えない所もある。リモコンの温度設定が効かなくなったようだ。冷たく感じて温度設定を上げても、反応しない。消費電力量も大きいだろう。

 いわゆる「エアコン2027年問題」で来年4月以降、省エネ基準100%未満のエアコンは製造・販売ができなくなり、全般的に価格が上昇すると言われている。現在も基準達成エアコンは売られているが、それなりに高い。

 基準を達成していない機種でも古いものに比べるとかなり省エネになっているはずである。それに、主に夏の稼働なら消費電力量や使用電気料にそんなに差はないだろう。

 

 エアコンを買い換えるにしても、夏の需要で設置工事が滞っているようにも聞く。インターネットでTVやラジオで放送している通販のエアコンを見てみた。あるメーカーの機種は売り切れて、設置のめどが2~3ヶ月先とある。それ以外のものも、2~3週間後とある。

 有名メーカーのものが、在庫ありで設置のめどが5~10日後とあった。標準取付工事費が半額で下取りもあり、これを候補にしようかなと思っていたら、7月末に地震が起きた。私の地域はあまり被害がないようだが、猛暑は続き40度超えの酷暑日にもなった。

 

 地震後1週間ほどしてから、量販店に行ってみた。ある量販店はエアコンの設置には早くて2週間以上、別の量販店では9月になると言われた。ネット通販で候補にしていた機種を見たら、在庫ありのままで設置の目安が2~3週間後と遅くなっていた。

 8月後半設置にはなるだろうが、この機種にすることにした。空気清浄機能付きのスタンダードタイプで、フィルター自動掃除機能は無い。生産国は中国となっていた。他のメーカーのものも同様で、中国工場で製造しているようだ。設計や品質管理は国内メーカーということのようだ。

 数日後、この通販を利用するために会員登録をした。パスワード設定が何回やってもうまくいかない。あとで記号が使えないことが分かって、どうにか登録できた。購入手続きをして、設置予定日を選んだ。一番早くて、2週間弱後だった。

 

 設置予定日の前日、取り付け業者の方から訪問時間の連絡が入った。当日、作業を見せてもらうことにした。先ず取り外すエアコンを作動させて、冷媒を圧縮・液化して室外機に貯めて回収するそうだ。配管、室内機、室外機とガス漏れしないように取り外しているようだ。

 新しいエアコンも室内機から水準器を使って水平になるように設置。配管や室内機の空気や水分を抜く「真空引き」という作業に使うポンプが、充電式でコンパクトになって扱いやすくなったそうだ。室外機の設置そして配管接続と続いた。素人ではとてもできない作業である。1時間半近くかかった。

 

 委託業者の方の自宅は宇土で、今回の地震でかなりの被害を受けたそうだ。車で20分くらいの距離だが、震源に近くて10年前よりヒドいと言われた。スマホの写真も見せてもらった。エアコンの室外機などが倒れていた。いろいろなものが壊れたとのこと。TVは1台は画面が割れ、もう1台は映らなくなったそうだ。

 八代では、新築数日の家に隣の家が倒れて損壊したそうだ。自然災害なので、自分の損害保険などで修理するしかないという。高速道や一般道が復旧してきて、県南地域のエアコンの復旧工事も本格化すると言われた。

 

 新しいエアコンは、室内機・室外機とも前の物より一回り大きかった。メーカーや冷媒の違い、省エネ化などによるものだろうか。リモコンの液晶表示もはっきり見える。スタンダードタイプと言っても、いろいろと機能がある。使い出して間もないが、追々試していこう。

 夜や朝の気温も幾分下がって来て過ごしやすくなるかなと思っていたら、またしても38度越え。有名通販を初めて利用したが、配送料やリサイクル・収集運搬料金などを含めたトータルとしてはそんなに安くはないようにも思う。この異常な暑さが収まり、早くエアコンの冷房がいらない日々になることを願う。

 

(熊本教育ネットワークユニオン true myself)

 

非難囂々

何と読むと思います?

 「漢字頁の上下片隅(四方)に小さな口を4個」とweb検索。(かつては漢和辞典で画数で調べたか?今、高校で「辞書」は購入させているのだろうか?高校時代:カバンが重くなるので、学校に置いておくと家で調べられない・・・。)

https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/13588?getdata=9801&how=%E6%A7%8B%E6%88%90#google_vignette

 

音読み
1番キョウ
2番ゴウ

ですから、「ヒナンキョウキョウ」か「ヒナンゴウゴウ」となる。

ひなんごうごうの漢字を調べると、非難轟非難囂々があります。ニュアンスが違うようです。

で、どこで見つけたかというと・・・

 

瓦礫と罅の中から ~26熊本地震・復旧メモと雑感(抄)~

(8月13日・木)  

       瓦礫と罅の中から ~26熊本地震・復旧メモと雑感(抄)~           

 

◇全くあの日の1分半で風景が一変してしまった。「震度7」の破壊的エネルギーをまともに受けた家々には痛々しいばかりの歪みと亀裂だ。かと思えば、同じ町内でも見かけ上何の変化もない家も。地図上にはない小断層が地下に眠っているのかもしれない。

 

◇酷暑の中の片づけ。8月3日、熊本市の最高気温40.3度。8月6日、八代市39.0度。この日の日本の最高記録であった。被災者は最も過酷な現場で最も過酷な気温と戦わねばならない。

 

◇ひっきりなしに余震が続く。「また震度3だ。」「今のはちょっと大きい、震度4だろう。」すっかり体が覚えてしまった。5分後テレビにテロップが流れる。たいてい当たっている。

 

◇地震は誰一人得をする者がいない。みんなが被害者である。その片付け作業中に酷暑と断水だ。一時、巨大台風が北上して九州を襲いそうだというニュースが流れた。まさかの三重苦である。「どこまで虐められるのか」と、嘆きを通り越して隣人の顔には苦笑いさえ浮かんだ。(台風はそのまま西進してくれた。被災者は安堵。沖縄県民には緊張が高まっただろう。)

 

◇「割れ残り」について。何て嫌な響きだろう。今回の地震は10年前と同じ断層の「割れ残り」だったという。そして不知火海になお、今回の「割れ残り」が存在するという。科学的に1パーセントでもその可能性があるなら彼らは知見を披瀝したがるものらしい。だが、被災者にとってはどれだけ冷たい言葉であるか。「今後一週間ほどは最大震度7レベルの地震にご注意ください。」という言葉も一緒である。精神的負担がより重くのしかかる。自分は安全な対岸にいて、「知らないから教えてあげよう。あなたの家の裏手に火の手が迫っているよ。」と言うのに等しい。

 

◇内心「タカイチ来るな、タカイチ来るな」と願っていた。時の総理が被災地を訪れるのは約束事のようになっているが、単なるパフォーマンスに過ぎない。過去の自然災害はすべてそうだった。国のシステムを本気で変える気などさらさらないのである。83日、案の定総理がやって来た。ヘリコプターの中で猿芝居をやってみせた後、避難所を訪問して被災住民との形式的な対話。そして「激甚災害に指定します」と…。すべてシナリオ通りだ。氷川町周辺ではいつもの渋滞に更に拍車がかかったことを、メディアは報じていない。

 

◇国の無策。大規模災害の度に防災の在り方が問われる。ありとあらゆる仕事が地元の自治体にのしかかるが、圧倒的に人員不足である。石破政権の頃、「防災省」の創設を計画するも自民党の反対で頓挫したと聞く。今後日の目を見ることがあるのだろうか。政治家と官僚の意識を抜本的に変えるものにならなければ意味がない。国会議員たる者、交代制でよいから現地に足を運び、長靴を履いて瓦礫を運ぶ手伝いなどすべきではないか。個人的には、自衛隊の活用についても改善の余地があると考えている。

 

◇地区役員の任務上、我が家のことばかりにかまけている訳にいかない。ブルーシートの戸別配布や公民館の片付け、瓦礫の撤去など。梅田さんとこのおばあちゃん、桜井さんとこのおじいちゃんは一人暮らしであった。地震の後は一度もお顔を見かけない。どこかの避難所で元気に暮らしていらっしゃることを望むだけである。

 

◇人の安否さえまだ分からない状況がある。まして被害の全容などほとんど摑めていない。瓦礫と罅の中からどのように生きる道を模索していくか、被災者共通の課題である。

 

(あとがき…地震から2週間が経ちました。全国から物資が届くようになりました。炊き出しなどのボランティアも多く見かけます。罹災証明申請のため市役所に行った時、岐阜県と富山県の職員さんが私に対応してくれました。有り難いことです。しかし復旧への道は遠く険しいことを感じます。現時点での様子を報告しました。)

        ~~オウシャン・セイリング~~

 

庭の百日紅(今年も赤い花を咲かせてくれました)

CMでなく窮状

CMでなく窮状

 7月28日、湖のほとりで楽器練習していたとき、地面が動いた。右に行き左にいき、体もそれに連れて動かされる。その揺れがやんだあとも、しばらく小さく揺れる。これは地面が裂け自分は死んでしまうのではないかと怖かった。それ以上の被害は自分にはなかったが、最大震度7、家はつぶれ死者まで出た地震だった。30キロほどの断層がずれたようで、家屋、道路、人の被害もすさまじい。助けを必要とする人が一挙に出てしまった。
 数日後、総理大臣である高市早苗は、被災地に来た。驚くのは、自己PRに使うプロモーションビデオをつくるためだった。できあがったビデオは、バックミュージックがはいった高市早苗頑張ってるー感の素晴らしい(ただし、作成者にとってだけ。)ものであった。さっそうとヘリコプターに乗りぬ込むところから、被災したイオンモールの上空から手をあわせた。(建物に手をあわせるだけとはいえ、死者への鎮魂を祈ると視聴者に思わせるフィクションの最高なシーン。)避難所では、避難所の体育館の板張りでなく、冷房がよく効いている会議室のようなところで被災者との会話がある。その快適そうな場所で、被災者らしい人から「避難所は至れり尽くせりです。」など、よくやってもらってることが強調されていた。困ってる被災者の声や姿はない。被災者がみんな困ってることないのならそれはいいが。窮状を見に行くのなら、なぜ快適な場所なのか?この区域の学校の体育館には冷房なしが多かったが、ここには急遽冷房を取り付けたようだ。まだ、冷房なしで、プライバシーなしの体育館に避難している実態を見ようとしたのかと、疑問。すると避難所の窓ごしから、中をのぞいている高市総理の姿も映っている。だが、中に入って被災者の、声を聞くことはなく、まるで、私の顔をお見せし声も聞かせましたよ、と「有名人がアピールしている」かのようだった。
 総理大臣であれば、国民の命と暮らしを守るのが仕事だろう。しかし、そのために、被害の実態を見るという姿勢は感じられず、ひたすら、頑張ってる、その頑張りを讃えられるという、自己PR丸出しに思われた。
 このビデオを見た人からは、批判が多く炎上したようだ。助けにいくのかという視点があれば、このビデオは批判されるだろう。製作者の意図は、いかに高市が頑張ってるかを訴えてるとしか思えなく、不幸につけこんで不幸を利用して、自分のコマーシャルをする、卑怯ものの極みのようだ。
 卑怯はこの人には、つき続けている。高市総理は、選挙する時間はないとうそついて、油断させ、すぐ選挙をし、金を使いまくってネットに自讚と他党の誹謗で吹きあらし選挙民をなぎ倒した。窮状を訴える木村熊本県知事との会談は記者を閉め出して隠す。党首討論はドタキャンして逃げ、はては、かって誰もやったことない中学生の応援団のように、議員を応援団として引き連れ拍手や声援をおくらせる。国会には出てこず、議論はすっとばし、消費税など、困っている国民の喫緊の課題は後回しにして、皇室典範、副首都、国民投票法改正と数の力で押し通す。
 国民の命と暮らしを守る総理としての仕事は二の次にし、自分のCMと、トランプ大統領への媚びへつらいを頑張って、国民をサギってるこの高市早苗さんが、退場するまで、こちらの精神が狂わせられないように、と思うだけだ。すでに狂ってるかもしれないが。総理ではないが、アイアムソーリ。

(M)

 

「過則勿憚改」

「過則勿憚改」

 

■子曰「過則勿憚改」

 子曰く「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」・・・人は完全無欠ではありません。立派な人格者でも、つい間違いを犯すことがあります。孔子先生でさえ例外ではありません。孔子は「過ちを犯さないことが大事なのではなく、過ちを犯してしまったとき、反省し躊躇なく速やかに改めることが大事だ」と説いたのだ。8月5日、来年4月から2年間消費税1%への減税が閣議決定された。朝日新聞はもちろん産経新聞もこの減税に疑問符を付けている。効果・財源・2年後の8%への引き上げ・・・いずれにも疑問符が付けられている。昨年広島島平和宣言で、当時の湯崎知事は力による抑止論にふれて「自信過剰な指導者の出現によって、抑止は破られてきた」と述べた。歴史上の人物として「自信過剰な指導者」の顔が浮かぶが、現在もトランプをはじめとする幾人もの世界の指導者の顔が思われて怖い。そして今、高市首相の強引な手法によって、殺傷能力のある武器輸出解禁・皇室典範改正・国旗損壊罪・インテリジェンスに係る態勢の整備の推進に関する法律など、ほとんど「国民の常識」であった制度が転換されている。わずか数ヶ月の内に!高市首相は決して「保守」ではなく「国家主義的な右翼」だ。「過而不改、是謂過」(過ちて改めざる、是過ちと謂ふ)だが、過ちと思っていないであろう首相を「諫める側近」の不在を心底、憂える。

 

■「権力/反権力/反・反権力」

Aさんから紹介された「曖昧な弱者の時代」(伊藤昌亮著;岩波新書2112)を読んでいる。カバーの紹介文には「SNSで駆り立てられた『正義』や、『真の弱者』から向けられた『偽の弱者』への怒り・・・・・・。多くの人々が『この社会で損をしている』という思いに突き動かされている今、社会の至るところで噴出する『敵意』や『憎悪』から、私たちは何を聞き取り、どう向き合うべきなのか。クリティカルな日本社会論!」とある。

第1章「ひろゆき論」第2章「山上徹也の閉ざされた政治的世界」第3章「石丸現象とTikTok」第4章「オールドなものへの敵意」第5章「財務省解体デモの論理と心情」第6章「参政党『真ん中』からの反革命」第7章「曖昧な弱者とその敵意」からなっている。今、第5章を読んでいる進行形だが、第2章「山上徹也の閉ざされた政治的世界」から一部を紹介する。

 

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一般に「旧右派」(従来の保守派)/「左派」(リベラル派)/「新右派」(ネット右派)間には、「権力」/「反権力」/「反・反権力」という関係がある。つまりマジョリティとしての保守派の権力性を批判するリベラル派は、マイノリティのために反権力の戦いを起こすが、一方でそうしたリベラル派の中にむしろ権力性を見、それを批判するネット右派は「真の弱者」のために反・反権力の戦いを起こす。

その際、リベラル派には知識人やジャーナリストなどが多いので、その知的な力に対抗するために、ネット右派は独自のアプローチを採ることが多い。

その一つは保守派と結託することだ。つまり自分たちは権力を持っていないが、保守派は大きな権力を持っているので、敵の敵である保守派と組むことで、その力でリベラル派を叩いてもらうという作戦だ。

もう一つはあえて知的ではない戦い方をすることだ。つまり論争してもなかなか勝ち目はないので議論は避け、代わりにフェイクニュースや陰謀論など、議論のしようもない言説を武器に、いわば反知性主義的なゲリラ戦を仕掛けるという作戦だ。

これら二つのアプローチを採ることで、つまり保守派と結託しながら反知性主義的なゲリラ戦を仕掛けることで、リベラル派をやっつけようとするのがネット右派の常套手段であり、それを身に付けたときに、いわば「ネトウヨ」は十全な「ネトウヨ」となる。

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(Trout 2026.8.9  2026熊本地震から13日目、長崎原爆忌に)  

10年経って再び

10年経って再び

 

  1階和室の畳の上で寝転んでいたら、突如激しい揺れが来た。揺れに備えようと思って窓を全部閉めに行った。慌てていたので、ズレたままでロックをしていた。2階のTVが倒れたり、外壁タイルに少しひびが入ったりしたが、10年前よりはるかに被害は少なかった。

 

 2016年4月の熊本地震、前震は阿蘇の教職員住宅で本震は熊本市の自宅でいずれも真夜中だった。もの凄い揺れが長く続く中、2階の寝室から1階に降りて車で避難した。

 物が倒れたり、作り付けの書棚から本などが飛び出したりした。サッシ枠が少し歪んだり、犬走りや外壁タイルや内装クロスにひびが入ったりしたが、家自体の損壊は免れた。

 電気は1日くらいで通った。水道はなかなか復旧しなかったので、特にトイレに流す水の確保に困った。近くの道路は下水道のマンホール部分が浮き上がったところもあった。近くのスーパーなども被災し、閉店が続いた。余震も続き、しばらく車中泊だった。炊き出しに並んだのは、初めてのことだった。

 

 今回は7月末で夏真っ盛りの昼間である。私の地域では停電や断水はなかったようだが、どうなるか分からないので、浴槽に水を貯めた。前回断水から水が出るようになっても、かなりの間水の出は弱かった。新たな漏水などを防ぐために減圧していたのだろう。今回断水はしなかったが、地震直後から減圧送水していたようで元の水量に戻るまでに数日かかった。

 自宅から震源までの距離は前回と変わらないようだが、方向が違う。地震波の進行方向に垂直に振動する横波であるS波の揺れの向きが違って、今回書棚から本が飛び出さなかったのだろうか。揺れの周期や地盤などの関係もあって、被害が抑えられたのだろうか。

 

 TVなどで、だんだんと被害の深刻さが分かっていく。震源の宇城、そして氷川や八代など県南地域の状況に心が沈む。亡くなられた方を悼むばかりである。

 私が住んでいるのは熊本市南区の北の方だが、同じ区でも南部の富合や城南の被害が大きいようだ。震源に近い宇土、嘉島、御船、甲佐、美里なども相当の被害のようだ。我が家の相棒の友人によると、益城も高圧線が切れて停電したそうだ。

 前回は、停電のため当初カーラジオで信じられないような被害状況を聴いていた。あとで、TV映像で見た阿蘇大橋や熊本城などの状況は衝撃的だった。

 

 イオンモール熊本は自宅から車で10分くらいで行ける。前回の地震でも被害を受けて、しばらく休館した。復旧・再開し、西の方に拡張・増床もした。時々行っていたが、爆発が起きた南側も利用したこともある。LPガスタンクを見た記憶もある。

 県南の数校に勤務し通勤していたので、TV映像や新聞の写真に見たことのある建物や町並みや道路の被災状況が出てくる。学校もかなり被害を受けているだろう。新聞記事に以前に勤務していた高校も校舎にひびが入ったとあった

 日本製紙八代工場の被災・休業により、地元新聞は新聞用紙の安定確保に影響が出てページ数を減らした特別紙面になっている。折り込みチラシも少なくなった。

 

 大規模店舗はなかなか再開しないが、コンビニ、ドラッグ、小規模スーパーなどはすぐに開いた。地震直後は、パンや弁当などは品切れで棚は空。卵もなかったが、2・3日で出回った。牛乳や納豆は県内メーカーの工場が被災したようで品切れが続くが、県外メーカーのものは並ぶようになった。

 両親と母方の祖父母の遺骨を納めた寺に様子を見に行った。10年前の地震で大破し、数年前に再建した納骨堂は無事だったが、中の方は、仏具などが倒れたり床に落ちているところもあった。私のところは、花瓶や電気ろうそくなどに耐震ジェルマットを敷いたので大丈夫だった。自宅の仏壇も、転倒防止突っ張り棒を取り付けていたのもあって倒れなかった。

 

 通信制の8月当初のスクーリングは中止となり、生徒は出席扱いとなった。また、レポート提出は免除となった。本校と4協力校に県下各地から生徒たちは通っている。常勤の先生方は主任や部長の方も含めて、クラス担任を持っておられる。地震後、連絡アプリや電話で担任クラス生徒の安否確認をしておられた。

 非常勤講師は、授業や添削も無くなった。コロナ禍で休校だったとき、全日制の非常勤だった私の無くなった授業分の補償はしていただいた。全日制や定時制はすでに夏期休暇に入って、非常勤の補償は関係ないだろう。

 通信制はどうなるのだろうか。事務に聞いたら、規定にあるとおりスクーリングの授業分は補償されるそうだ。通信制ではレポート添削時間は授業時数と同じく勤務時間になっている。添削時間の補償もあってしかるべきだと事務に伝えた。

 年金受給をしていない非常勤講師には、給与は生活のためより重要である。給与体系の改善も必要だが、非常勤を減らして常勤を増やしていって欲しい。それは、教員確保にもつながると思う。

 

 この猛暑は、被災した家や避難所に居たり車中泊している人たちにとって本当に過酷である。10年前は4月で、エアコン無しで車中泊できた。停電は解消してきているようだが、断水はとても辛い。事態の改善を願うばかりである。まさに危険な暑さである。

 体力は確実に落ちている。10年ぶりに持った23リットル入りのポリ水容器がとても重く感じた。地震前よりだるい感じがする。加齢、連日の暑さ、緊張感、それに血圧の薬の影響もあるのだろうか。こんなことを考えているのが、何だか申し訳ないような気持ちにもなってくる。

 余震のたびに、どんな揺れが来るかと身を固くしている。八代海の割れ残りの断層による地震の可能性も取り沙汰されている。これ以上大きな地震は起きて欲しくない。早く被災地に日常生活が戻ることを願う。

 

(熊本教育ネットワークユニオン true myself)