地震・僧侶の死・蟻の兵隊
■7月28日午後4時27分、「緊急エリアメール」が大音量で危険を伝える。同時に食器棚がガチャガチャと大きく揺れる。私は食卓の椅子から腰が浮く。驚いた小太郎(柴犬)が慌てて駆け寄る。ソファーの妻も身構える。「小太郎!大丈夫、大丈夫。地震たい、地震」と言いながら、ちょっと、これは・・・ひどく大きいと不安になる。TVが震度、震源地、マグニチュードを報じる。ああ、またかと10年前の光景が頭を過る。
10年前、参議院選挙に初めての「野党統一候補」を擁立し、7月の投票日に向けた準備の最中だった。選挙闘争の根拠地となっていた労働会館も京町会館も、前震後の「がんばって片付けよう」から、本震後には「これは無理だ」と諦めるまでに破壊されてしまった。すでに印刷を終えて保管していた70万枚、山積みの第1号ビラも崩落した。候補者と山口二郎氏の対談を予定していた5月3日の憲法集会は中止、5月15日、後に避難所となった益城町のグッランメッセで開催予定の「くまみん大集会」も中止。4日後には臨時の選対事務局会議を開き選挙闘争の進め方を抜本的に見直したのだった。4月20日には当時の安倍晋三首相が熊本に入り「出来ることはすべてやります」と演説し、その後も数度にわたって来熊。熊本での選挙戦は与党に有利に傾いていった。私的には、4月14日夜、入浴していた私は突然大きな揺れで驚いた。湯船の湯が波打っているのをはじめて見た。揺れが収まりシャンプーしようとしたとき、家人が「何しよっと!」と言うので「シャンプーしたら上がるけん」と返事。「なーんば言いよっとね。震度7よ、震度7」と叱られて風呂から上がったのだ。本棚は倒れ本が散乱していた。16日の本震。ベッドにはいっていた私は経験したことのない揺れに、大声を出して飛び上がった。天井の蛍光灯は落ち、本棚はベッドの上に倒れてきた。リビングのテーブルの下に顔を寄せ合った家族と初代柴犬「太郎」は余震に耐えられず外に出た。そして近所の多くの方とともに、いつ収まるとも知れぬ余震におびえたのだった。停電と断水に悩まされ続けたが、数日にわたった車中泊と余震が堪えたのか、高齢になっていた「太郎」は5月17日に、益城町の病院で終末治療を受けていた母は6月23日に亡くなってしまった。参院選を取り組んでいるまっ最中だった。
今回の地震では充電中の掃除機が倒れ深夜まで断水があったが、被害はなかった。そして、被災地の報道に触れて、今日も何も出来ない自分がいる。
■8月12日、いつものようにメールを開くと久しぶりに「藤岡崇史」さんのFacebookが更新されているらしい。開くと、それは藤岡さんが更新したのではなくコメント欄が更新されていた。そのコメントは藤岡さんが「西帰」したことを伝えていた。Facebookを遡ると、昨年、直腸癌のステージ4を告げられて闘病中であったと記されている。片っ端から閉じてある文章を開いて読み、非戦を誓い運動を続けてこられた宗教者の信念に触れた。そして癌との闘い、さらには2026熊本地震の被災者に寄り添って最後の最期まで活動されてきたことを知った。特に2025年度筑紫女学園全学礼拝(報恩講)講話「不完全な自分を愛するということー戦後80年をむかえてー」の原稿には感動。直近のコメント欄には通夜と葬儀の日取りが記されていた。
■8月22日、「蟻の兵隊」上映会に参加した。映画にも上映後の池谷薫監督のトークショーにも心を動かされた。早速今朝、「蟻と兵隊」中古本をAmazonで購入した。
(Trout 2026.8.23)

