聖美（きよみ）は、誕生日であるクリスマスイヴの夜、必ず夢を見た。そこは暗かった。どこからか低いうなり声が絶え間なく聞こえてきていた。どちらが上でどちらが下なのかもわからない。ゆっくりとした流れが身を包んでいて、それにまかせて漂っている。そんな感じだった。周囲はほどよい暖かさで満たされていた。時間が動いているのかどうかさえわからない。ここはどこなのだろう。そう聖美は思いながらも不思議と懐かしさを感じていた。確かに昔、自分はここにいた。一度、両親に訊いてみたことがある。母親が優しい笑顔で「それはたぶんママのおなかの中よ」・・・母親の説明に一応納得しながらも、どこか釈然としないものを感じていた。夢で見ていた景色は、もっと古いもののような気がしたのだ・・・自分が母親のおなかのにいたときというような近い過去ではなくて、もっと遠い。どこかずっと、ずうっと遠い昔の景色のような気がした。
成人し永島利明と出会った聖美、いや聖美の中の「彼女」は「彼こそ私と結ばれる男にふさわしい」と確信するのだった。聖美は「彼女」によって交通事故で殺され、思惑通りに１４歳の安斉麻理子にその生体腎が移植される。と同時に利明は誘われるように自らの研究室に聖美の肝臓片を運ぶ。フラスコの中で聖美の肝細胞は「IVE（イヴ）」と名付けられ、圧倒的早さで増殖を始めるのだった。
一方、ミトコンドリアの化身となった朝倉佐知子は学会の発表で「ご存じのようにわたしのDNAはあなた方（人間）のゲノムより１０倍速く進化する。わたしはあなたたちの進化をじっと待っていた。ホモ・サピエンスがホモ・ネアンデルターレンシスを駆逐したように、わたしたちの手でもうすぐあなたたちは全滅する」と宣言する。
研究室で完全に増殖した聖美の肝細胞（ミトコンドリア）は利明の精子を受精し、腎臓移植した安斉麻理子の胎内着床を目指して病室へ突進していく・・・その結末は？
6月16日の本ブログ「最近驚いたこと」で「ミトコンドリアへの驚き」を読み、またしても福岡伸一博士の著書「動的平衡」を手にし、「私たちの体内にいる別の生物」としてのミトコンドリアの不思議に打たれ、紹介してあった瀬名秀明さんのホラー小説「パラサイト・イヴ」をネットで購入した。500ページに及ぶ文庫本であり、難解な専門用語が飛び交う常日頃は読まないジャンルの小説だったが、一気に読了してしまった。空前絶後の着想、圧倒的迫力、虚構か真実か・・・！
想像することさえ許さない広大な宇宙空間に厳然と存在する無数の銀河、太古からの時を経てわれわれの体内に確実に息づく無数のミトコンドリア。そんなことを考えると、日々の営みのなんとちっぽけなことかを思い知らされる。（2023.7.9）
