熊本教育ネットワークユニオン

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イルカと平和

    イルカと平和

 

    先日知人から、イルカと平和という文章を紹介された。イルカに対しての考え方が日本人と西洋人では違うという内容だ。

 古来日本人は、イルカやクジラを魚として捉えていた。それは海からの重要なタンパク源として捉えていた。しかし西洋人は、イルカを哺乳類として捉えていたらしい。子ども頃、わんぱくフリッパーというテレビ番組があっていた。そこで出てくるイルカは賢いというイメージだった。イルカショーを見ていても、よく人になつくという印象がある。古来ギリシャの昔から、イルカのその人懐こい習性から、ペットに近い動物という捉え方をしていたというのである。

 先年古くから続く日本のイルカの追い込み漁が、批判の的になったことがあった。確かにイルカの肉を食べるということには抵抗があるかも知れない。しかし、鯨の肉についてはどうだろうか?給食で食べていた世代の人たちには、むしろ懐かしいという思いがあるのではないだろうか?

 西洋の捕鯨は、鯨油を取ることが主流だった時代があった。鯨油を搾り取った後は廃棄していた。私達日本人は狩猟としての捕鯨をやっていたから、鯨肉以外もすべて有効に活用していた。その記憶からか西洋からみた捕鯨は野蛮な行為と映るのかもしれない。私達が朝鮮半島等での犬肉料理を野蛮な料理と捉えるように。

 自分の価値観にそぐわない行為を野蛮と切り捨てしまえば、相手の価値観を否定してしまうことになる。自分達の価値観を押し付けようとすると、やがて対立をうんでしまう。その極地が戦争という行為にいたる。戦争は邪な思いが引き起こすと考えがちですが、ほとんどの戦争は正義と正義のぶつかり合いが、発端だったということも忘れてはいけないだろうと思う。