春を待つ
(1)
里山に雪が降る
細い糸が
樹々に吸い込まれてゆく
いくら降っても
もう山々を白くすることはないだろう
あの時―、
言葉は何の意味も持たなかった
(2)
一年を通しておおむね濃密な樹林に覆われているこの山並みも、晩秋から初冬へかけての一時期だけは例外で、黄紅葉で見違えるように変身する。華やかな色彩が踊って、ハゼやクヌギ、コナラなどが存在感を見せるのだ。とは言っても、それはひと時のお祭り騒ぎのようなもの。季節は巡り、今また重厚な濃緑色が谷や尾根を包み始めた。色合いには恵まれないが、むしろ黒光りするほどの冬の森の逞しさを味わった方がいいだろう。
東西に長い山体の、南側斜面は一面急勾配である。その谷の一つを今、大きな木々が左右から囲むように見下ろしている。まるでひな鳥を見まもる雌鳥のように。急峻な斜面に立っているので、魚眼レンズで見るような構図である。この姿は見覚えがあるぞと思い記憶を辿ったら、画家セザンヌの、あの「水浴の図」に行き着いた。裸体の人間の代わりに、ふかふかした腐葉土がこの場を盛り上げていた。
やがてこの森でも芽吹きが始まるだろう。その時、広葉樹たちがその葉むらを落とし始めるのだろう。
(2023年1月26日・木)