野の鳥に寄せて
「山を始めて一年です。何か趣味を持ちたいなと思って始めました。」
―それはいい趣味を持ちましたね。
(と大いに褒める。が、この男性、山の知識はほとんどないようだった。)
「正面の、あの尖った山は何ですか。」
―あれは甲佐岳です。
「え、甲佐岳?ついこの前登りましたよ。」
(もっと横に平べったい山だったような、と顔が語っている。)
―南側から登ったでしょう。西側から見るとこんなに鋭く見えるんです。
(山々は見る角度によって姿が変わるものだということも教えてあげる。)
「初めて来ましたけどここはいい眺めですね。阿蘇の煙も見えますね。」
―そんなに高くないけどね、いい見晴らしでしょう。ほら正面に見えるのが五家の荘の山々、右の方には市房山も見えますよ。
(五家の荘、市房山と言えば標高1500~1700メートル。熊本県内では最も高い山々で、登山家なら知らない者はまずいない。しかしこの青年、いずれの山も全く知らず、高さも見当がつかない様子だった。)
―五家荘の入口に雁俣山というのがあるから、五月になったらぜひそこに行きなさい。カタクリの花がありますよ。秋には紅葉も見事です。
(カタクリという言葉を聞いて彼はまたしても首を傾げる。いちいち説明してあげねばならない。この人にはまだ十分な若さがあるように見えた。この先の山登りが充実したものとなるように願わずにおれない。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
芽を吹いたばかりの梢の上で、山雀が小粋なうたを歌っていた。老練な画家の手さばきさながらに、透き通った造形を巧みに空中に刻んだ。南風が太陽の恵みを運んできた時、バーントシエナの和毛の胸に、君はうたの魂を呼び戻した。それは自然が与えたひとつの不思議。飛べ、野の鳥よ。やがて来る花盛りの森を。歌え、夢想と陶酔を誘うカンタービレを。ともに壊れやすい命を抱いた者のために。
(熊本教育ネットワークユニオン・S)