道
自分が今歩いているそこが、標高1,000メートルのカルデラの崖の上だとは思えなかった。道は限りなく平坦。頭上を大きな樹々が覆って、のどかで快適な散歩道のようだった。この道を初めて歩いた者は誰か。遠く弥生、縄文の頃か。それとももっと遡って先史の時代か。私は夢想を試みる……。
その後、人が「峠」と名付けた尾根の窪みから次の窪みへと向かい、草をかき分け茨の藪を潜って、彼は一人で歩いただろう。森に棲む獣たちの唸りに怯え、手には枯れ枝と石で作った素朴な斧を携えて、旅人は何日も歩き続けたに違いない。すると急に目の前が開け、草の斜面が崖を伝って激しく落ち込んでいる。旅人にしばしの憩いがある。
眼下に踞る小さな村。かつては広々とした湖であったという谷間に、今は水も干上がって僅かばかりの土地を拡げた中に孤立する村を、彼は静かに見おろした。襤褸からはみ出た足首は茨に傷ついて、点々と赤い血を刻んでいた。……と、ここまで思い描いたところで空想は途切れた。主人公がなぜ藪と格闘しながら山越えをしてきたのか。それは、契りを結んだ娘に会いに来たのか、それともわが村の一大事を伝えるためにこの村の長に会いに来たのか、いずれにしても凡庸なわが想像力では結末がつけられなかったのである。
一本のか細い道の中に
歴史がある
誰がここを拓いたのか
知る者はいない
やがて道は
自らを語り始める
後の世の旅人が
あやふやな物思いに耽る
(熊本教育ネットワークユニオン・S)