ポテトチップスは塩からい
天草オープンテニス大会が8日(日)行われる。私は中学まで地元にいたふるさと選手となるが長くなるので簡単に言えば知り合いに「ペアになってもらえば参加したい」と、ラインしていた。
「前田さん。参加者みんな強くどうしたものかと迷ってます」とのラインに、参加申し込みをお願いしていた。家から100km以上はある距離のテニスコートでの試合。だが途中に兄の家があるため、うまい刺身が食べられる。
まごう事なく、美しくかつ美味い刺身を、ビールつきで無料食べのみ放題、兄は持つべきものである。爆睡。テニスコートは、兄の家から、40 kmほどか。1時間は要る。8時30分までに受付するようにとのこと。遅くとも7時30分には出発。6時00分に起床のためのラインが鳴る。ペアさん、ありがとう。雨降りませんようにと返信し布団たたみ、兄嫁の朝ごはんをいただく。
そして7時20分家を出る。これまでは、天草上島の北の道路を使い天草市本渡に向かっていたが、義姉のアドバイスで、南の龍ヶ岳経由で天草市に向かうことにした。途中倉岳の自動車学校がある。思えば、学生のころ夏休みに、そこに通ったのは50年ほど前。自動車学校のむかえのバスにのりおくれ、近道と思われる山道を、マラソンのごとく走り続けた。しかし、バスにはやはり勝てず、学校に着いた時は、無情にも、教習の時間は終わっていた。学校の外での実習は規定の、二倍かかり、卒業検定は発車のウインナカーの音も聞こえぬほと集中し、滑り込みで、卒業できた。「これで落ちたら夏休みが終わり学校に帰らないといけません。なんとか卒業したい」という願いを先生が聞いてくれていたのかもしれない。尊し、わか師の恩か。
天草上島の南の道路。そのころはくねくねとした道路であったと思うが、いまや、直線かつ整備された道路となっている。左てにエメラルドグリーンの八代海。上はスカイブルー。チラ見して走る。
50年ほどのギャップはかっての自動車学校の所在もわからなかった。時が過ぎるとはこういうことか?そして、山と畑は見えた。ああ、こんな平地はあったのか。天草上島一周をバイクで走ったこともあったのだけど。
そして、長嶋茂雄球場となりのテニスコートで、8時26分受付を完了。
Bブロックでの2試合。一試合めは、流石に、強い相手。私の甘い返球を相手が強烈にたたき込み、そのボールは私のペアのメガネを折った。彼はセロテープで修理して、再度プレー。だが、2-6と完敗。次の試合も2-0。いや、こんな強い人たちと試合できるのはラッキーであった。それでも0は免れた。これで4位グループと最下位リーグに突入。最下位グループは私達とあと1ペアの対戦。勝った方が優勝である。またも0-3ダウンが続く。しかしなんとか押し返し、2-3。3-3と追いついた。そして3-4。3-5、あと1ゲーム負けると終わる。そこから4-5となる。相手のサーブの10ゲーム目。相手のタブルフォールトでなんと5-5。タイブレークに突入。7ポイント取った方が勝ち。残念だが、力尽き相手が先に7ポイントとり、負けた。
しかし、私たちの優勝であった。なぜなら、相手はペアの一人が前の試合途中で腰を痛め、私達との試合はデポ(棄権)して、他の人に代わってもらった試合なので、すでに私達の勝ちは決まっていたのである。試合に負けたのに優勝。なんかいばれないなあ。商品は大袋のポテトチップス2つ。
後味のよい悪いがわからないが、賞品は塩からかった。
( A.M.)