熊本教育ネットワークユニオン

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忘れえぬ山旅・秋(その2)

        忘れえぬ山旅・秋(その2)

 (お断り…今回もA4一枚に収まりませんでした。ゆっくり読んでくださるようお願いします。) 

(1)

「お願いがあるんですが。」

 突然声をかけられた。荒い息を吐きながらやっと二座目の登頂を果たした時だった。感慨に浸る暇もなかった。

「はあ、カメラでしょ。いいですよ。」

「後ろ姿を撮ってください。あの山の方を見ていますから。」

言われるままに、三俣山の方を向いた女性を後ろからパチリ。黒のズボンと尾根の紅葉かと見紛うばかりの真っ赤なシャツを着た人だった。見たところ、30歳代か。

「何で後ろ姿なんですか。正面を向いた写真も撮りますよ。」

「(ためらって)…ではお願いします。自信ないですけど。」

そんなことないですよ、と半ば無理やりに本人の意思に反する写真まで撮る。笑顔はない。

「一人ですか。」「はい。」「珍しいですね、女性の一人歩きは。」「そうですか。」

牧ノ戸から登ってまずここへ来た、この後は久住山まで行くつもりだなどと語り、慎重に岩尾根を下って行った。

 草の斜面で昼食をとった。見下ろせば硫黄山が真っ白な蒸気を噴き出している。サワサワと、時にはザワザワと、潮騒のように響くのはこの山がなお活発に動いている証拠である。星生山でしか聞けない、見られない音と風景だろう。食事を終え、30分遅れて彼女の後を追った。

                (2)

 岐路まで30分、久住山頂までは更に30分で、星生山からちょうど1時間であった。「どのくらいかかりますか」と聞かれた時に答えた通りの所要時間であったことが案外嬉しい。そして当の女性はというと……。いた、山頂標識の少し先、岩の上にぽつねんと座って。

「やあ、お疲れ様。ちょうど一時間でしたね。」

返事の代わりに彼女は笑みを浮かべて会釈した。昼食はこの場で取ったようだった。山では時と場所次第で多くの登山者とすれ違う。たいていは挨拶だけで終わってしまうものだが、彼女だけは親しみを覚えるとともに何だか気になる存在だった。一人歩きということ、顔は写してほしくないということ。想像するに、余程の山好きか(そのようには見えないが)、あるいはロマンを求める文学趣味か、はたまた傷心登山かと興味が惹かれる。しかしそこを探ろうとすれば下心を見透かされてしまうだろう。山に求めるものが何であれ、お互いたまたま同じ時刻、同じ場所で出会ったに過ぎないのだから、深入りするのは不自然だと思われた。

 山頂からは広角に展望が広がる。今日歩いたコースを目で辿ってみた。我ながらよく頑張ったものだと思う。朝の出発地点は眼下、およそ七〇〇メートル下の森の中だった。見晴らしのない道がしばらく続きその後はひたすらに登り。そして下ったり登ったりを何度も繰り返して、今立っている場所が三つ目のピークになるわけだ。相当に体力を消耗したが気分は爽快だった。その時、カラスが二羽、餌をねだりに来た。四、五メートルほど離れた岩の上で頻りに目玉を動かして低い声で啼く。近づこうとするとパタパタと逃げてゆくがまたすぐに舞い戻ってきて「早くくれよ」と催促する。二度、三度同じことを繰り返し、自分らが遊ばれていることが分かったら、軽蔑したような声で「ガー」と叫んで飛んで行った。彼女は相変わらずカメラをいじっていた。

                (3)

「また撮りましょうか。」

「いいですか。後ろ姿をお願いします。あの二つの山を入れて私が眺めているポーズにしてください。」

実に面白い。山の会話のコレクションにしようと思った。二つの山とは中岳と天狗である。そのピークを左に、背を向けた彼女の姿を右に収めてシャッターを切った。画面を見せると安心したようだった。

「よくいらっしゃるんですか。」と彼女が聞く。

「山は好きです。方々を歩いています。くじゅうは今日で6回、7回目くらいでしょうか。」と私。

「そうなんですか。私はめったに来れません。一年に一回ぐらい。近くの方ですか。」

「熊本です。ほら、あの阿蘇山の奥の方。」

彼女がどこから来て何の仕事をしているのか、聞こうと思えばこの時がチャンスだったかもしれない。二十年前なら写真を送る口実で住所や名前を聞き出しただろう。しかし敢えて質問を吞み込んだ。山男は颯爽としていなければならないのだ。

「またいつか、どこかでお会いしましょう。」自分の方が先に発った。

                (4)

 今日は赤川登山口から出発した。山肌の至るところに黄紅葉がちりばめられていて、まさに赫々たる、絢爛たる季節と言うにふさわしい一日であった。しかし絶頂を過ぎれば木の葉は忽ち散ってしまう。その儚さは春の花と同じである。自然が作り上げる至高の美の時は勿体ないほど短い。感動もまた時間がたてば色褪せてしまうであろうから、せめてこの時期を大切にし、しっかりと目に焼き付けておきたいと思うのだ。

 久住山南側の急斜面をどんどん下り、二時間後、出発地点に戻り着いた。赤川荘の白い湯に浸かって一日の汗を流した。今日も私を受け入れてくれた山々の寛大さに感謝しながら。

 

(作者注:2009年10月、単独でのくじゅう連山縦走。赤川登山口―扇ヶ鼻―星生山―久住山―赤川登山口。当時のメモとデッサン(簡単な文章)を元に新たに作文しました。エッセイではなるべく山の名を明かさない、それが先輩たちから学んだ山に向かう作法であり、私が守るべき姿勢でした。が、今日の報告は半ば紀行文であり、名を伏せれば殆んど意味のない内容になってしまうと思ってすべて明かしてしまいました。まだまだ文章力の未熟を感じています。)

              ~オウシャン・セイリング~

登山靴2(水彩) 

山ガール(色鉛筆)