このブログでは学習資料で国際情勢も書いてきた。
チリ 『不屈の民』 紹介 不屈の民ー「アジェンデとともに」― エル プエブロ ウニド ハマス セラ ベンシド
https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/16/130411
ベトナムの原発 https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2017/02/12/111245
インドネシア 『インドネシア9.30クーデターの謎を解く(千野境子 草思社)』を読む
https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2017/01/21/104629
トルコ情勢について https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/25/073311
シリアはどうなっているか(3回シリーズ)
https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/27/220058 (第2回)
https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/27/102706 (第3回)
シリア情勢 アレッポとその伝わり方 エバ・バーレットさんはこう言う
https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2017/02/11/094914
アメリカのバーニー・サンダースさん https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/22/094524
ギリシアのSYRIZA https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/21/232037
スペインのポデモス https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/16/002333
英国 映画『ブラス!』の中の台詞に感動 https://kenu2015.hatenablog.com/entry/2016/12/07/065100
今回、ボリビア情勢を書きたい。参考にしたのは、『月刊社会民主』2020年12月号
書いているのは、成澤宗男さん。タイトルは「不屈のボリビア左翼と民衆の勝利」
▶まず、ボリビアという私にとってあまりなじみのない国の位置は、チリの北東部、アルゼンチンの北部、ブラジルの西部、ペルーの東部、南はパラグアイとも接している南アメリカ大陸の内陸部国。
▶その歴史を見てみよう。以下は引用とその要約
約 3,000年前 ティアワナコ文化 ボリビアだけでなくアンデスの歴史を語るうえでも重要な文化
ティティカカ湖周辺:紀元500年ごろからアイマラ系の人々によって大神殿などの建設
9 世紀~11世紀 ティアワナコ文化:全盛期
13世紀はじめ インカ帝国の勢力に組み入れられる
16世紀 スペインにより1521年のメキシコ・アステカ王国が征服される
1533年にはインカ帝国が征服される(フランシスコ・ピサロ)
1825年 ボリビア独立
(シモン・ボリバルに命じられたスクレ将軍)
国際紛争 「太平洋戦争」(1879~83)(対チリ)、
「アクレ戦争」(1899~1903)(対ブラジル)、
「チャコ戦争」(1932~35)(対パラグアイ)
➡領土を失い内陸国となる。
➡ナショナリズムの高揚。政治的・社会的現実を見る。
1941年 民族主義的革命運動党(MNR)結成
1951年 大統領選挙でMNR党首ビクトル・パス・エステンソロが当選
➡軍部はクーデタで政権を掌握
これに対してMNRに率いられた鉱山労働者や市民たちが
1952 年4月9日 武装蜂起。
臨時政府を樹立(「ボリビア 革命」)MNRは、錫鉱山の国有化、
農地改革、旧軍隊の解体、文盲者への選挙権付与を含む選挙制度の
実施など、全面的 な社会改革に着手。
国民の消費水準を引き揚げると同時に開発をも進めていこうとするMNR政権が目指した社会主義路線は、やがて限界を迎える。
1964年、軍事クーデタでMNR政権崩壊(82年の民政移管まで軍事政権)
1964年から82年までのボリビアでは、クーデタにより数ヵ月で大統領が変わるという異常な事態。1982年10月に軍事政権退陣。民政への移管が実施、民主的に政権の交替。この体制が現在も維持。
2005年12月 左派先住民指導者のモラレス社会主義運動党(MAS)候補が53.7%の得票で当選、貧富格差の是正、先住民の権利拡大を掲げて、新憲法制定の実現を目指し、野党の反対に対して南米諸国連合(UNASUR)の働きかけも合って合意に達し、2009年1月に新憲法の是非を問う国民投票と実施した。先住民の権利拡大、地方分権推進、農地改革・土地所有制限、天然資源の国家所有などを定めた新憲法を61.43%支持を得て2月に発布し同時に実施した総選挙で64.22%の支持率で再選された。
https://nipponbolivia.org/datos/datos_3 から引用要約
ここには書かなかったが、キューバ革命後のチェ・ゲバラはボリビアを南米の「最も弱い環」(レーニンの「鎖は最も弱い環で破られる」)とし、農民、鉱山労働者と革命をめざしたが、ボリビア軍にとらえられている。また、独立後現在まで188回のクーデターを経験し現在に至っている。
途中だが長くなったし、私も限界であり、筆をおく。
(つづく)