熊本教育ネットワークユニオン

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「救済」と「補償」は大違い

「救済」と「補償」は大違い

 

 8月26日(土)の熊日朝刊一面の見出しは「政府 水産業界救済へ」だ。「救済」を電子辞書(広辞苑)で調べると「救い助けること 例:難民を〇〇する」とある。水産業界を「救い助ける対象」と位置づけたタイトルだ。果たしてそうか。これは「補償」あるいは「弁済」が正しいのではないか。ちなみに同辞書によると「補償」は「損害や出費を金銭などでおぎないつぐなうこと」、そして「弁済」は「債務を弁償すること。債務を履行して債権を消滅させること」とある。この記事は多分、共同通信の配信で、記者からデスク、デスクからもう少し上層部の了解を得た記事だと考えられる。ちなみにサブタイトルは「処理水巡る中国禁輸に対応」とある。4面には処理水海洋放出に反対する論評も掲載されてはいるのだが・・・「処理水」は「汚染水」と言いたいし「中国禁輸に対応」には政治の臭いがプンプンする。

 

においと言えば「踏襲」を「フシュウ」と読んだ麻生総理を思い出す(腐臭つながり)。ネットで検索すると、麻生総理の読み間違いは想像以上に豊富だ。怪我(カイガ)完遂(カンツイ)焦眉(シュウビ)順風満帆(ジュンプウマンポ)思惑(シワク)破綻(ハジョウ)未曾有(ミゾユウ)などたくさん出てくる。自分にも読めない漢字読み間違える漢字は数え切れないが、あらかじめ目を通すべき文章を読み間違えるのは、どうもいただけない。平成天皇の「退位礼正殿の儀」で安倍総理が「・・・末永くお健やかであらせられますことを願って已みません」を「願っていません」とやってしまったのは記憶に新しい。もっとも官邸の公式見解は「願ってやみません」と正しく読んだことになっている(らしい)。

 

読み間違いは(本人に恥も外聞もなさそうなのは残念)まだ許せるが、意図的な、あるいは忖度した「言い回し」には怒りを覚える。水俣病発覚当初の「見舞金契約」をはじめ、政治的「完全解決」を経て、水俣病公式発見から70年を迎えようとしている今でさえ、被害地域全住民の健康診断は行われず、環境省は「診断手法の検討中」だと言う。

平和を求める8月。6日・9日・15日は日本国民にとって「非戦・平和」を誓う最も重要な日だ。15日を「敗戦の日」とせず「終戦の日」と呼ぶことについて、白井聡氏は「この日は一般に終戦記念日と呼ばれている。しかし、当然、戦争が自然に『終わった』わけではない。大日本帝国ポツダム宣言を受諾することで、戦争は日本の敗北によって終わった。にもかかわらずこの日は戦争の『終わった』日として認識されている。ここにすべてがある。純然たる『敗戦』を『終戦』と呼びかえるという欺瞞によって戦後日本のレジームの根本が成り立っていると言っても過言ではない」(永続敗戦論;太田出版)と述べている。

 

8月24日、「処理水」の海洋放出が始まった。「合意がなければ処理しない」と言ったのは8年前。読み違いでも、表現の違いでもなく明らかな「嘘」。政権党は、安倍政権以降、とみに甚だしく、平然と嘘をつくようになった。

 

電子辞書広辞苑『最新版』で「馬耳東風」を調べると、「宰相の、いわゆる『聞く力』」と、新しい解釈が掲載されているのではないか。

(2023.8.26)