熊本教育ネットワークユニオン

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野鳥の森にて

野鳥の森にて

      (1)

 登山口で車を停め、ドアを開けるとたちまち野鳥たちの囀りが耳に飛び込んできた。ホオジロやウグイスの澄んだ声が一帯に響きわたっている。中でも大きな反響音を轟かせるのがホトトギスだ。屈託のない大きな声が谷から尾根へ、更に空の高みへ。姿が見えないゆえにその歌声はより神秘に満ちる。森のテノール歌手よろしく、付点四分音符と三連符を組み合わせた器用な歌い方で歌う、歌う、また歌う。するとやがてシジュウカラも仲間に加わって、みやびな囀りを披露してくれた。更に、ひときわ甘い歌声が届いてきた。梢を揺らして一羽の小鳥が唄を歌っているのである。いや歌うというより物語を聞かせているようだ。「おっ、この声は…」と見上げてみるが、背後の光が強すぎて黒い影にしか見えなかった。がきっと、赤い嘴、黄色い胸だったに違いない。するとそれは間違いなく、美しい装いのソウシチョウだったはずである。

 

       (2)

 小鳥たちが発する声は断片的な音ではない。カラフルな旋律であることを今更ながら実感する。人の世の争いや企みなどとは縁のない彼らの歌は純粋そのものだ。若葉の森がにぎやかな重唱や合唱の舞台となり、たまたま訪れたよそ者をさえ天国の世界へ案内してくれる。

 とは言え、この日の山道は長閑さだけではなかった。進んでゆくうちに自然林は途切れて植林となり、更にその先は灌木交じりの道となった。目的の山頂まではピークを四つも五つも越えなければならない。前日雨が降ったもようで、火山灰が固まってできた黒土はきわめて滑りやすくなっていた。斜面を上ったり下ったりするたびに登山者はバランスを崩す。もうさっきから何回尻を打ったか知れない。気温も徐々に上がってきて相当に体力を奪われた。鳥のように歌うことのできない人間が、急坂を登ったり降ったりしながらゼイゼイと熱い息を吐いている絵であった。   

その時、谷から吹き上げる涼しい風。木陰に咲く一輪のキンラン。やはりここは天国に近いのではないかと、混濁した意識が思考の方向を定めようとする。天国とは意外に、我われの日常に潜んでいるのかもしれない。その使者が、ときどき微笑んだり囁いたり目配せしたりしているのかもしれない。だが我われはその声を聴こうとしない。その姿を見ようとしない。むしろ反対に、この世界の醜さだけを見つめて日々嘆きを繰り返しているのではあるまいか。

 

       (3)

 時折り考える。人は激しい息遣いをすればするほど、反比例して魂が柔らかくなることはないのだろうかと。野の花を眺め、野鳥の声を聞きつつ原生林の中を歩くうちに、その心が蛮性から解き放たれることはないのだろうかと。束の間の歓喜ではなく、永続する幸福感を摑むことはできないものかと。だが明日になれば、わが暮らしはまた日常の瑣末にとらわれ、わが感情は激しく波を打つだろう。そして心は卑しい獣性を帯びるであろうことを、私は知っている。

 

       ~~オウシャン・セイリング~~

 

 

編集者(注)ホトトギスの鳴き声を下から聞けます。

https://www.youtube.com/watch?v=Zm9-TaWCWRM

 

ホトトギスの声とウグイスの声、ちょっとだけルリビダキの声などが混ざっています。」とのこと。「Image Creation Studio」(

https://www.youtube.com/@ImageCreationStudio

さん

ソウシンチョウ関連のURL  ➡ 

http://www.cec-web.co.jp/column/bird/bird135.html