沈黙の森
沈黙の森の中に、女のまどろみのように
あなたは今、静かに白肌の身を横たえている
かつてともに青葉を誇った仲間が、この季節、
衣をぬぎすてあなたを見下ろしている
夏の終わりに、遥かなる南洋で生まれた風が
嵐となって恵みの森へ押しよせた
凶悪なタイタンさながら、狂気を帯びたその鞭で
飛ぶ禽の翼を奪い、地に這う獣を呻らせた
激流が谷間に溢れ、森は吠え樹々は喘いだ
この不当な災いに、生あるものの苦しみに
あゝあの和やかさ、お前はどこへ行ってしまったのか
梢の高みでそよ風と戯れた、楽しい日々よ
もう戻ってはこないのか、柔らかな陽ざしを浴びて
ニンフと踊った紅葉(べにば)の舞の思い出よ……
その刹那、地獄の張り手が森を撃ち
山毛欅(ブナ)は倒れた、呪われた大地の無秩序の中に
その細くしなやかな腕をさしのべ、山毛欅よ
あなたは何を求めようというのか
もう穏やかに眠るがよい、森の麗人よ
いつの日か、ふたたびニンフが舞い降りて
夏になればその骸(むくろ)にあたたかな泪をそそぎ
冬がくればその骸を白いヴェールで包んでくれよう
春には、ふたたび花の宴と小鳥の歌を
そして秋には!あゝ、森が弔いに備える季節には
あなたの臥所(ふしど)の傍らを、私もそっと訪ねてみよう
また色あざやかな葉冠(かんむり)をひそかにあなたにささげよう
そして祈る!あなたが眠り朽ちはてる恵みの土に
いつの日か、新しいいのちが芽を吹く春を
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(背景の説明)美しい原生林のたたずまい。森の中のプロムナード。太古以来の完全無欠の調和。白髪岳とは登山者に癒しを与える、そんな山だったのです。1991年9月、日本列島を巨大な台風が襲いました。いわゆる「りんご台風」です。この美しい山はどうなったか、気になってその冬、2度目の登山をしました。陳腐な比喩ながら、時が止ってしまったような風景が広がっておりました。樹齢2~300年もの大木が、登路沿いにるいるいと横たわっていたのです。詩はその時の情景を詠んだものです。(改作に次ぐ改作を経て今年、上記の形に落ち着く。)能登半島ではまたも甚大な被害が出たようです。被災者の苦しみを思うと心が痛みます。お悔やみ申し上げます。 ~オウシャン・セイリング~
(2024年9月26日・木)