二人三脚で金メダル
きゅうがめーら(徳之島の方言で「こんにちは」)
この時期、徳之島では町ごとの町民体育祭が行われます。これが熱いんです!
2008年4月、徳之島町の小学校へ赴任しました。
保護者の歓迎会(だったと思います)で、PTA会長からの質問が「100Mのタイムは、何秒ですか?」10月の町民体育祭へ向けての選手選考が始まっていたのです。
私は、100M、400Mリレー、そして二人三脚に出場することになりました。
その二人三脚は、私が知っている二人三脚ではありませんでした。まず、ベルトの用意。幅の太いベルトを、きついくらいに腰にしっかりと着けます。そこに相棒(男女のペアです)が手をねじ込んで、お互いの体が離れないようにします。もちろん足も離れないようにきつく固定します。そして全力疾走の400Mリレー。相棒が私の走力に合わせてくれるとは言え、100Mを二人三脚で全力で走るんです。私の記憶では、第3走者だったと思います。相棒がバトンをもらい、とにかく無我夢中で走りました。無事バトンを渡し、アンカーを見守ります。一位の騒絶な争いで、足がもつれて転倒するチーム。焦る男性が女性を持ち上げ、足が浮いている女性。凄すぎる光景に唖然としました。そして、なんと我がチームが1位に!やったー!とにかく嬉しかった。各種目1位には、金メダルがあるんです。金メダルだー!校区のみなさんが待つテントに帰るのが誇らしかったのを覚えています。
2年目、同じく100M、400Mリレー、そして二人三脚に出場しました。
どの種目も、金メダルには届きませんでした。
3年目、悲劇が起きます。二人三脚3年目になり、私も気持ちに余裕が出てきていました。毎年相棒が変わり、この年の相棒はとにかく熱かった。私への要求が高かった。もっと速く、もっともっと走れるはずと。限界を超えたスピードで練習をしていた私は、転倒してしまいました。起き上がることができず、そのまま救急車で病院へ。左鎖骨を骨折。翌日、飛行機で実家へ帰り、手術。私は、参加できませんでした。
でも、そのことで校区のみなさんが「先生のために優勝するぞ!」と闘志を燃やし、見事優勝しました。当日は病院のベッドの上で、携帯電話での実況中継を聞きながら共に優勝を喜びました。
二人三脚の金メダル。そして、左鎖骨に入れていたプレート(手術後にもらいました)。徳之島の思い出のひとつです。
ちなみに、今年も優勝したようです。(8連覇らしいです)
おぼらだれん(徳之島の方言で「ありがとう」)

(F)