熊本教育ネットワークユニオン

活動の報告と相談の窓口です。またブログ担当者の学習の跡でもあります。過去の記事をご覧になるときは下のメニュー欄をクリックください

MENU

無題

 

中学校卒業の日、多賀子さんと私はクラス会委員に選ばれた。世話になるからと教室に飾ってあった二鉢の花から、じゃんけんで勝って好きな方をもらった。家に帰ると母が「あぎゃんときは女の子に先に選ばせにゃ」と言った。高校時代、成人式、卒業十年、不惑の年、担任の古稀などなど何度となくクラス会を開いてきた。この二十年は、クラス会の合間に年二~三回、十人ほどでミニクラス会を開くのが常だった。予想のタイミングで「〇〇ちゃんがそろそろ集まろうって、言ってるよ」と多賀子さんから連絡がくると、日時場所を決め皆に連絡するのが私の役目だった。一昨年、多賀子さんはやや調子を崩したらしくお酒は飲まなくなったが、相変わらず深夜の二次会で、楽しそうにカラオケを歌っていた。昨年はコロナで、一切、連絡もなかった。今年、年賀状が来ないので心配していると、一日の内に「明けましておめでとうございます。無事、年を越しました。早く皆で飲みたいね。今年もよろしく」とLINEが来た。「おお、よかった、よかった。どうしているかなあと心配していました。コロナが終わって早く飲めるようになるといいね」と返した。5月12日、多賀子さんの訃報が届いた。通夜はお焼香を上げるだけだった。棺の中の彼女は随分やせていたがきれいに化粧をしていた。長いことクラス会を企画してきた「相方」をなくした喪失感は大きい。

 

 病葉(わくらば)や既読の付かぬメッセージ

 

70歳記念のクラス会は来年予定だ。その前にいつものメンバーで追悼の会を催したい。

 

       (ネットワークユニオン とらうと)