熊本教育ネットワークユニオン

活動の報告と相談の窓口です。またブログ担当者の学習の跡でもあります。過去の記事をご覧になるときは下のメニュー欄をクリックください

MENU

言葉は変わるものだと言うけれど

言葉は変わるものだと言うけれど

 

    新聞によると、2021年度の国語世論調査で「 走るのがすごく速い」を「すごい速い」と言う人は59.0% とあった。また、他人が「すごい」 を使うのが気にならない人が79.2%だそうだ。 私は使っていないつもりだが、 他人が言うことに対して以前はかなり気になっていた。しかし、 段々と慣れてきているようにも思う。話し言葉ではあるが、 いつの間にか動詞や形容詞などにつく副詞の「すごく」が、 名詞につく形容詞の「すごい」に変わろうとしている。

 私が記憶の中で最初に違和感を持ったのは、 半世紀以上前だと思う。タレントの大橋巨泉が、この「すごい」 を高らかに言っていたのが印象に残っている。 私よりかなり年上だが、テレビで見ながら「なんか変だな」 と思ったことを覚えている。

 今では、若い人はもちろん、 年配の方が言われているのを耳にする。すごいきれい、 すごいかわいい・・・・・。 テレビの出演者やインタビューされている人が「すごい」 と発声したものが、字幕放送では「すごく」 となっていることもある。若い人が「すごく」 をきちんと使っていると、返って新鮮な感じがするときさえある。

 

    テレビを見てきた中で、 全国的に使われているような言葉を考えてみた。「マジ」 は自分から使った覚えはないが、 私より年上の方からも聞くことがある。私が大学生くらいまでは、 あまり使われていなかったように思う。随分昔に、近藤真彦が「 マジに・・・・」と歌っていて、 この言葉はなんだろうと思った記憶がある。調べたら、 1982年発表の「ハイティーン・ブギ」だった。この頃から、 若者を中心に急速に広がったのだろうか。

 

    ところが、若者の会話によく出てくる「マジ」「ムカつく」「 ヤバい」は、昔から使われてきた言葉だそうだ。 調べたことを要約してみる。

 

    「マジ」 は江戸時代に芸人の楽屋言葉として生まれたものだそうだ。「 真面目に」という意味で、「マジになる」「マジな心」 といった用法が確認されているという。今では、「本気」や「 真剣」などの漢字も当てられ、そんな意味でも使っているようだ。

 

    「ムカつく」は、 昔から吐き気や胸焼けが起きていることを指して使われてきた言葉 である。そこから転じて、関西では江戸時代になって「癪に障る・ 腹が立つ」 という現在見られる使い方で用いられるようになったという。

 

    「ヤバい」の本来の意味は、 危険や不都合な状況が予測されるさまをいうと思う。 江戸時代の滑稽本十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも「 やばなこと」という表現が見られるという。語源は諸説あるが、 元々は盗っ人たちの隠語だったため、 テレビや新聞では使用を避けられているそうだ。

 1980年代頃から、若者言葉で「格好悪い」 の意味としても用いられるようになった。1990年代からは「 凄い」「最高」の意味でも使われるようになり、 今は意味なく発する言葉としても「ヤバい」が用いられるようだ。

 実際、考査後に答案返却をしようとすると、生徒たちは口々に「 ヤバい」を連発。肯定的な意味ではないようだが、 ただの口癖のようになっているのだろうか。 私にはあまり聞こえてこないが、 答案の結果が本当にひどいときは「すごいヤバい」「 マジでヤバい」などと言っているのだろうか。

 

   「すごい良い」も聞くが、「全然良い」「めっちゃ良い」 などと聞くこともよくある。特に、「全然」 は否定形につく副詞だと思っていたので、とても違和感がある。 ところが、「全然」の本来の意味は、「残るところなくすべて」 という意味であって、昔は肯定・ 否定どちらの表現にも使われていたという。 昭和期に否定表現が一般的なったようだ。そう言えば、「 全然平気」とか「全然大丈夫」は、変だとあまり感じない。

 

    仮にタイムスリップしたら、過去に行けば行くほど、 日本語は外国語みたいで全く会話できないだろう。単語・表現・ 発音も全く違うはずだ。 言葉が変わっていくことは仕方が無いことであるが、 その時々でいろいろな意味に取れる言葉はあまり良いとは思わない 。その状況に応じた的確な表現の言葉は残って欲しいものである。

 近頃、 カタカナ英語みたいなものが当然のように使われるのを見聞きする 。エビデンスとかデフォルトとかステレオタイプ・・・・・。 なんだかピンとこない。 定着している外来語以外にどんどん増えているように思う。 訳せる言葉があるなら、 できるだけ日本語で表現して欲しいものである。

 

(熊本教育ネットワークユニオン true myself)